浄福寺 Jofukuji Temple 上越市



本堂は、明治30年(1897)に発生した柿崎の大火後の昭和2年(1927)に防火を意識してコンクリート造で建立された。エンタシスの丸柱を配した向拝の両脇に、2階建ての建屋を張出しており、和風の洗練された雰囲気とコンクリートによる重厚感を兼ね備えた独特な外観と優美な内観を持っている。
親鸞聖人が流罪赦免の勅使が来ることを聞き国府に向かう道中、悪天候で柿崎に足止めを食らい一軒の家に宿を求めるが、主人が不在で断られてしまう。仕方なく軒下で休んでいたところに主人が帰ってきて聖人を不憫に思い、女房を説得し、しぶしぶ宿を貸すことになった。その夜、親鸞聖人の教えにより、主人が信心に目覚め弟子となった。
翌朝、聖人が国府へ出発に際して、主人の善順は名号を背に負い妻を残して米山川を越え聖人のお供をせるも「柿崎に帰り夫婦一緒に弥陀の本願を弘通せよ」とさとされ、再び名号を背に米山川を越え柿崎に戻る。この後、名号は「川越の名号」と言われるようになった。
浄福寺はこの善順が開基とされている。永仁2年(1294)覚如上人より扇谷山浄福寺の山寺号を賜わる。
宝物として「親鸞聖人御染筆九字名号(南無不可思議光如来)」と「浄福寺縁起」がある。
本堂は令和3年(2021)2月4日、国登録有形文化財に登録されている。










地図 ※ストリートビュー