大泉寺 Daisenji Temple 柏崎市
| 米山駅の南約2km、日本海を見おろす海抜216mの山上にある真言宗の寺。飛鳥時代、持統天皇の勅願により、朱鳥元(686)年、泰澄大師の創建と伝える。 源義家の社参以来、歴代武将の尊崇を受けており、特に戦国時代においては、越後守護上杉房能、越後国主上杉謙信・景勝等が参詣し、武運の長久を祈ったとも伝えられている。また庶民の尊信を集めて寺運は隆盛した。 木々に囲まれた境内に、景勝の再建当時の遺構といわれる観音堂をはじめ、旧鎮守社として建てられた飯綱社(県指定文化財)※GOOGLE 画像 、江戸時代に造替された本堂・庫裏・市指定文化財の仁天門と木喰堂などが建つ。 前庭の展望台からは、西方眼下にひらける日本海、正面に横たわる佐渡島、また北に弥彦連山の眺めが素晴らしい。 本堂御本尊の銅造千手観音菩薩坐像は、観音堂御本尊(秘仏)の前立観音像であり、頭上に11面を戴く四十二臂の千手観音像(像高56.2cm)である。 飯綱社本殿は、一間社、流れ見世棚造りで、斗栱・肘木・幣軸といった各部に和様と禅宗様の混用が見られ、県の文化財に指定されている。 仁王門は、天正7(1579)年上杉景勝の建立といわれ、内部左右には「稲刈り仁王」の伝説を持つ仁王阿吽両像が安置されている。 寺宝として、文化2年(1805)、木喰上人五行明満が、2度目の越後入りをした88歳の時境内のイチョウの木で刻み残した子育地蔵と木額が、建永2年(1207)に親鸞聖人が自ら刻んだという親鸞木像が所蔵されている。 (観音堂) ※GOOGLE 画像観音堂は桁行3間、梁間4間、一重、屋根寄棟造り、かや葺き。簡素な構造を持つ禅宗建築で、虹梁・大瓶束・拳鼻などの絵様・曲線に室町時代の古様を残す。現在残る堂は落雷による焼失後、上杉氏の寄進により再建されたものだという。屋根に四つの流れを持つ「寄棟づくり」で、かやぶきの禅宗様子建築。簡素だが、落ち着いた重厚感がある。 堂内は本尊を安置する内陣と礼拝所の外陣に分かれる。建築材料は、柱はヒノキ、板はケヤキが使われているが、内陣の右側奥の柱だけ、ハギの大木使用され、太さ日本一と認定された。 柱には削られたようなくぼみがある。「日本一」と掲げたところ、ハギはせんじて飲むとよいということで、参拝者が削っていってしまったのだという。明治39年(1906)4月、国の重要文化財(建造物)に指定された。 本尊には、伝泰澄作の千手観世音菩薩を祀っており、秘仏とされ、50年に1度開帳されるという。 昭和25年(1950)の文化財保護法により、重要文化財に指定された。同年から2年間の解体修理の際、肘木(ひじき)に書かれた墨書きが見つかり、永禄2年(1559)ごろの創建と分かっている。永禄2年(1559)落雷によって焼失したが、天正7年(1579)、上杉景勝の援助で再建された。 毎年5月3日に観音大祭、10月17日に観音講がある。冬期は積雪のため入れない。 |
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第三番札所 東山 大泉寺
大泉寺(大清水)観音堂
飯綱社
大泉寺 仁王門
頸城三山展望台