楞巌寺(りょうごんじ) Ryogonji Temple 上越市
| 柿崎駅の南東約7kmにある。上杉謙信の四天王の一人、柿崎和泉守が天文3年(1534)、春日山林泉寺の天室光育に深く帰依し、最乗寺(神奈川県足利市)の住職で林泉寺中興2世の龍室玄光を開山として創建した曹洞禅刹である。 柿崎景家は上杉謙信の武将で、謙信に従って、信濃をはじめ、越中・関東にも出陣し、多くの戦功を建てた。とくに永禄4年(1561)の川中島合戦で、上杉軍の先鋒として夜明けの千曲川を渡り、八幡原の武田勢本陣を襲ったことで知られている。 木々におおわれた境内は森閑としており、石仏が並ぶ参道の奥に、どっしりとした山門、正徳2年(1712)再建の正面16間、奥行8間半の大きな本堂、庫裏、坐禅堂などがたつ。 山門画像は、柿崎城の搦手門を移築したものという。本堂西方の経ガ峰に、景家画像とその子孫の墓がある。 寺宝には、林泉寺開山の曇英が文明12年(1480)に書写した仏祖正伝菩薩戒、天室書写の出家作法文、天室が注書した禅林類聚15巻などの古文書があり、「楞巌寺禅林記録」として、県の文化財に指定されている。また光育の墓がある。 平成23年(2011)には、本堂及び山門が国登録有形文化財に登録された。 |
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楞巌寺
柿崎城跡