岩室甚句、岩室芸者で知られるこの温泉は、正徳3年(1713)、岩室の庄屋高島庄右衛門が傷ついた雁が湯浴みしているのを見つけたのが始まりと言われており、別名「霊雁の湯」とも呼ばれる。その後、岩室は北陸街道の宿場町として旅人や弥彦参りの人たちで賑わった。戦後も”新潟の奥座敷”として発展、現在11件の旅館があり最近は県外から訪れる人も増えている。 岩室温泉地には、ゆもとやの裏手には今でも昔からの「霊雁の湯」の源泉が自然湧出している。