本願寺国府別院 Hongwanji Kokufu Betsuin 上越市



浄土真宗本願寺派(西本願寺派)の別院、寺地は江戸時代、天台宗宝持院の朱印地とされたところだが、承元元年(1207)越後へ流された親鸞聖人は、竹之前に草庵を作って布教に努めた。親鸞聖人は承元2年(1208)減刑され、翌年五智国分寺より南方500mの景勝の地、松ケ崎に草庵を作り、恵信尼ととも4年間を過ごした配所の旧跡といわれている。(☛ 親鸞聖人)
長い間門徒のための小さな阿弥陀堂だけだったが、江戸時代後期の文化2年(1805)、高田瑞泉寺の善芸らの努力によって諸堂が造立され、総欅造りの北陸地方屈指の壮麗な本堂が建立されて現在に至っている。
明治5年(1872)、土地も西本願寺の所有地となり、明治9年(1876)に、小丸山別院と公称し、昭和5年(1930)に、西本願寺国府別院と改称した。
境域は約4300㎡、木々に囲まれて文化2年(1805)に建てられた本堂をはじめ、庫裏、鐘楼などが静かなたたずまいを見せている。本尊は阿弥陀如来。寺宝として、親鸞聖人自筆の御形見名号が収蔵されている。












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