五智国分寺 Gochi Kokubunji Temple 上越市
| 越後国分寺で、奈良時代、聖武天皇の勅命により各国ごとに建てられた国分寺の一つ。名僧行基が開基したもので、嵯峨天皇の弘仁2年(811)に弘法大師が五智殿の大額を奉納したことから、五智国分寺と呼ばれる。 現在の国分寺は、室町時代後期の永禄5年(1562)、上杉謙信が国分寺の荒廃を見るに偲びず、臨済宗円通寺の跡に再興したもの。もともとの国分寺の位置は、はっきりしなくなった。近世に入ってからも徳川将軍家が朱印200石を寄せて、保護の手を加えた。元禄2年(1689)と寛政6年(1794)の2回、失火に全焼したが、その都度再建され、今日に及んでいる。 承元元年(1207)親鸞聖人がこの地に配流され、境内に竹之内草庵を作り布教につとめたところである。(☛ 親鸞聖人) 境域は約19000㎡、木々が茂って風致に富んでいる。堂宇は、文政4年(1821)造立の本堂・仁王門はじめ、三重塔、親鸞堂、経蔵などを備え、一隅に旅姿の親鸞石像がたつ。 本尊は高さ丈六(約5m)の坐像で大日・薬師・宝生・釈迦・阿弥陀の五如来からなり、通称、五智の五如来と呼ばれており、現存する国分寺の中でも屈指のものである。 建物のうち三重塔が県の文化財に指定されている。安政2年(1855)に造立が計画され、慶応元年(1865)竣工したが、手直しされて明治10年(1877)ころ完成したもの。3間四方、高さ16間1尺(約29m)、白木造り、豪壮な構えを見せている。 |
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