菖蒲塚古墳 新潟市



国指定の史跡であり、金仙寺境内地の丘陵上に所在する長さ50m、高さ2mの前方後円墳である。日本海側における古式古墳の北限とされている。古墳が築かれた時期はおよそ古墳時代前期と考えられる。この地は、南方から来た種族と、北方から来た種族が交流の場として栄えていた。葬られた首長が力をつけっていった様子がうかがえる。

また、菖蒲塚古墳の墳丘は、平安時代の終わりから室町時代にかけて経典を埋納した経塚としても利用されており、現存する経筒などは国の重要文化財に指定されている。当時この地が神聖な場所として広く人々に認識されていたことが分かる。
この古墳の別命はあやめ塚とも呼ばれている。平家の治世下で以仁王の綸旨に呼応して挙兵し、敗れた源頼政の妻あやめ御前にちなんで、菖蒲塚古墳と呼ばれるようになったといわれている。
昭和5年(1930)4月25日、国の史跡名勝天然記念物に指定されている。









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