村杉温泉 Murasugi Onsen 阿賀野市
| 羽越本線水原駅からバスで35分。五頭温泉郷の中でもっとも大きい温泉地である。歴史が古い温泉地で、建武2年(1335)、南朝方の武将荒木正高が薬師如来の化身に導かれて湯を発見。薬師堂を建立し、参道には杉を植え、杉の多い村となったといわれている。 村杉温泉の湯は日本有数のラジウム温泉で婦人病や子宝の湯として親しまれてきた。また五頭温泉郷の中心的な存在であるだけに、さすが設備の整った旅館が多く、受け入れ態勢も十分だ。多くの人が湯治に訪れる。立ち寄り湯が可能な宿もある。 昔ながらの風情を残す温泉街には老舗豆腐店やカフェ、足湯もあり清水も湧いている。まずは源泉「湯つぼ」で温泉の神様にお参りして散策を始めたい。
江戸時代末期に創業した村杉温泉の環翠楼は、約2万平方メートルの敷地内に客室が入る6棟や母屋などが点在。環翠楼は、1915(大正4)年建築の客室棟「大正の間は延べ約120平方メートルで、4つの客室が入る木造2階建て。中央を突出させた玄関ポーチ、軒天井などの洋風意匠も目を引く。丁寧に造られた数寄屋風の客室の縁側からは杉林に囲まれた庭園が眺められる。2016年2月25日、国の有形文化財(建造物)に登録された。 村杉温泉 共同浴場 薬師の湯 ※GOOGLE 画像村杉温泉 薬師の足湯 ※GOOGLE 画像共同浴場「薬師の湯」のすぐ裏手「薬師の源泉」のあるところで、、バブルやジェット、足つぼマッサージ設備がある。「御薬師様」を中心に露天風呂、足湯、共同浴場があり駐車場も整備されていて、「スパエリア」が完成した。村杉温泉薬師堂 ※GOOGLE 画像温泉の守護仏である薬師如来をまつる薬師堂は、建武2年(1335)に、荒木正高が当地に足をとどめ、薬師如来の霊夢に感じて霊泉を発見した際に、建立したものと伝えられている。「薬師」とは、古くから病気治療をつかさどる仏として信仰されてきた。昭和36年(1961)の台風により倒壊したため、再建され現在に至る。 五頭山麓 うららの森 ※GOOGLE 画像新鮮野菜や加工品を直売する「ゆうきふれあい即売所」、五頭山麓の観光に関する情報や各種お土産も揃っている「情報発信館」、竹細工や陶芸など地域に伝わる伝統工芸や食文化に触れられる「体験学習館」、地元産の大豆で豆腐づくりが体験できる「大豆加工体験施設」の4つの施設からなる、食と緑の交流拠点です。薬師の清水共同浴場薬師の湯の脇の坂道を登ると杉の巨木の根元から清水が湧いている。水源はその少し上、杉の巨木の根元にあり、五頭山から湧き出る清水は清らかな山の香りをたたえたる。村杉温泉の旅館に宿泊した人が散歩の途中で、冷たい清水で喉を潤している姿が見られる。清水の近くには名の由来となった「薬師堂」があり、手水舎の水としても使われている。魚岩 ※GOOGLE 画像村杉の西約1kmのところに位置し魚の骨形の化石が採出されたところから、この地層を地名から魚岩地層と命名された。約1500万年~1250万年前の深海に堆積したこの地層からはニシン科の魚化石のほか、ウニなど海に生息した生物の化石も見られた。この地名のいわれは、親鸞聖人が巡錫の途中、食後魚骨を投げ「もし私の法が興隆するならば、魚の骨が石に化すであろう」といってこの地を去り、親鸞が言ったようにその後、魚の骨形の現れる岩石が見られるようになったという伝説があり、親鸞聖人越後御旧跡「魚岩」の碑が建てられた。 昭和初期までは、小さなお堂が建てられ、多くの信者が参拝に訪れていたという。県道工事によってかつての面影はなくなってしまった。
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