神明宮(神明神社) shinmeigu 新発田市



寛文元年(1661年)、新発田藩主が領内の豊作と安全祈願から、臣下を伊勢に遣わし、伊勢外宮の豊受大神の分霊をうけ、それを現地名伊勢堂(現御幸町2丁目)の一角に奉祀したのが始めである。以後、この地を伊勢堂と呼ぶようになり、新発田藩からは年々米10俵ずつ伊勢神宮に奉納されることになった。その後伊勢堂は職人町に遷宮になった。
寛延元年(1748)、下足軽屋敷を取り払い、現在の地に下町へ遷宮され、藩士も100石に付1貫匁の銭を寄進したという。藩主自らが信仰の念篤く、五穀豊穣の祈願と感謝のために盛大に祭りを行うようになった。
城下町の西に五穀豊穣、衣食住の神の神明神社を、東には武神の諏訪神社を配し、藩主は民衆をまとめていくようにしたようだ。新発田城裏鬼門守護の役割もあるとか。
「おしめんさま」と人々に親しまれ、例祭は9月末。「神明植木祭り」が有名だったが、現在は子供たちの太鼓競演や新米の配布、野菜市など新しい催し物にかわり、にぎにぎしく行われている。






 







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