斐太神社 Hida Shrine 柏崎市
| 創建は奈良時代末期から平安時代の始めとされる。延喜5年(905)醍醐天皇の詔により、左大臣藤原時平が「式」の編纂を命ぜられ延長5年(927)「式」の全50巻が完成した際、その中の「神祇式」神名帳に頸城郡宮内鎮座斐太神社と記載された由緒ある神社である。上杉時代以後は頸南一円の総社となり、広く産生の神として崇敬されている。高田藩主となった榊原家も代々斐太神社に参拝したと伝えられ、寄進された三本槍と一本槍・薙刀が社宝として安置されている。 大国主命が主祭神となっている。建御名方命は、江戸時代には諏訪大明神と呼ばれ、もとは南葉山頂に祀られていた諏訪神社の祭神をふもとの宮内に分霊してきたものと伝えられている。また、事代主命は江戸時代には矢代大明神と呼ばれ、矢代川上流の岡沢地内に祀られていたものを戦国時代に上杉謙信が鮫ヶ尾城の鬼門鎮守のために遷座したと伝えられている。 境内の周辺は古代の風景を思わせる手つかずの自然が広がり、国指定文化財の斐太遺跡や観音寺・天神堂古墳群、上杉家ゆかりのある鮫ヶ尾城跡などの史跡と共に佇む。 大国主命によって処方が伝授された中風の特効薬がこちらの神社で製造されてきたという逸話を持つ。この事から病気平癒や健康、安産や子授かりにもご利益があるといわれ、県内外から多くの参拝客が訪れる。 〔御祭神〕
〔所在地〕 妙高市宮内241 ※GOOGLE 画像 〔駐車場〕 有り ※GOOGLE 画像 〔周辺の観光施設〕
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