蓬平の不動滝 Fudo Falls in Yomogihira 長岡市
| 長岡市の南部、長岡東山山本山県立自然公園の中心部、四季を通して美しい山々に囲まれた、蓬平温泉。高龍大神の伝説で知られる高龍神社の門前に拓かれ、長岡の奥座敷として多くの湯治客が訪れる。高龍神社のさらに奥に行ったところに、竹之高地の集落がある。名水がわく里としても知られ、それを利用して錦鯉の養殖もおこなわれている。 不動社の手前にある竹之高地不動滝は20mに及ぶ3層の名瀑。 岩肌を滑るように流れ落ちて来た水は、第一の滝壺に一旦落ちた後、更に下へと下っていく。変化に富み絵になる滝だ。 不動滝の水源は、信濃川水系の支流に位置し、滝の背後にそびえる鋸山や周辺の山々を水源とする沢水が流れ込んでいる。透明度は非常に高く、黒い岩肌に映える白い飛沫が特徴。「水、清く」と評されるほど澄んでおり、古くから信仰の対象(不動明王を祀る修行の場)となってきた清浄な水質を保っている。 流れ落ちる水は、一年を通して、一定の水量が確保されており、特に雪解け時期(4月〜5月)や雨後は迫力が増し、また滝の構造が約20mの段瀑で、水が岩肌を伝うように数段に分かれて流れ落ちるため、水量が極端に少ない時期でも枯れることは稀だ。 遊歩道も整備されている。道路沿いから滝を眺められるほか、急斜面の遊歩道を降りれば滝つぼのすぐ近くまで行くことができ、滝行の場としても知られる冷涼な空気を肌で感じられる。 第一の滝の右側には大きな自然石があり、不動明王にみえたことから、不動滝と名付けられたという伝承がある。この自然石の近くに、小さな石造の不動明王像が安置されている。 この滝は修験者の修行場としても知られており、「岩が不動明王に見える」という話は、かつてこの地を訪れた修験者や地域の人々の間で語り継がれきた話である。 滝の落ち口から少し登った高台に、ゆかりの不動明王を祀る竹之高地大日大聖不動尊がある。小ぢんまりとした社だが、眼病にご利益があるといわれ、熱い信仰を集めている。社には不動滝の絵や写真なども奉納されている。 境内には清冽な湧水があり、それを汲みに遠くから訪れる人も多い。 (見どころ)🌌三層の名瀑 落差約20m〜50mに及ぶ滝で、水が岩肌を三段に分かれて流れ落ちるダイナミックな姿が特徴。(滝は一気に垂直に落ちるタイプではなく、数段に分かれて流れ落ちる「段瀑」という構造をしているため、計測する段の範囲によって幅があると考えられる)秋には鮮やかな紅葉と白い滝のコントラストが素晴らしく、初夏には滝の飛沫のそばに咲く藤の花も楽しめる。長岡市が選定した「後世に残したい景観」の一つであり、地域の象徴的な自然美として親しまれている。🌌不動明王像 滝のすぐ脇には不動明王像が安置されている。弘法大師がその美しさに打たれて像を彫り、安置したという言い伝えがある。竹之高地不動社は滝のすぐ上流にある社殿で、商売繁盛や家内安全の信仰を集めている。毎月第2日曜と28日には護摩祈祷も行われる。 🌌自然石 滝は数段に分かれているが、最も勢いよく流れ落ちる「第一の滝」のすぐ右側にその巨石が鎮座している。水しぶきの中に立ち上がる岩のシルエットが、火炎を背負う不動明王の力強い姿と重なったのだろう。不動明王の石像も、この自然石の近くに安置されている。
竹之高地不動社 ※GOOGLE 画像弘仁年間(810年-824年)、大師は本山建立の地を探して全国を行脚した。その時この地にも足跡を残している。長岡の東山山系の中で、柿から奥の山は「三谷たらず」と呼ばれ古来、霊山とされていた。大師は難破峠(南蛮峠)を経て、多岐之河内(竹之高地)と呼ばれるこの谷を下り、途中この滝に行く手を阻まれた。眼下数十丈を落ちる荘厳な滝の姿に心を打たれた大師は、不動明の石像を刻み、滝のほとりに安置した。 それから約七百年後、無人のこの地に初めて集落を作った原美濃守(落武者)は、集落の鎮守様としてこの不動明王を祀り祠を建てた。美濃守の守護神も不動明王であった。その後、社殿は数回建て替えられ、現在の社殿は中越大震災の後、平成18年(2006)に建立されたものである。 本尊大日大聖不動明王はその限りない力をもって人々のあらゆる苦難を打ち払い、心身の病を癒し、真実を見究める眼力を授けると伝えられ、多くの崇敬者を集めている。
竹之高地不動社の水手水舎には2つの注ぎ口から水が流れ、そのうちの一つは「古来薬効ありといわれ保存できる」といわれている。昔、三条の刀鍛冶「三条小鍛冶祟近」が仕事中に火花で片目を怪我をしたさい、「山深い滝にうたれ祈願すれば治る」という夢を見た。この竹之高地で滝にうたれ祈ると、目が治ったと伝えられている。神社の総代によれば、手水舎のご神水にも関わらず、水汲みに訪れる人もいるという。 |
|
|
不動滝
竹之高地不動社