門出和紙 ( かどいでわし ) Kadoide Washi 柏崎市



室町時代に伝わり、多い時は30数戸の農家が漉いていたが、現在は一軒のみ。原料のこうぞの栽培から和紙の完成まで一貫して自家栽培・製作。酒のラベル紙、画用紙など、100種類以上の和紙がある。

近年まで人口密集地域と隔絶された門出の地は、僻遠なるが故に、生活の糧を求め、地域の特性を生かした生業を生み出した。
天和2年(1682)検地によると、「青そ畑41名請人、高12石余」と近隣村より一桁多く、全村揚げて縮布織りをしていた。
楮はこの地でよく生育した。伊沢地域(松代町東部)を中心とした伊沢紙をここでも生産し、明治40年(1907)ころには40軒以上が紙スキをしていた。
伊沢紙とは東頸城郡の伊沢郷で漉かれていた紙である。伊沢は,現在の松代町大伏,孟地,片桐,滝澤,海老,東山周辺を指す。縦1尺横1尺4寸の大判の紙で,400枚を1束として数えた。たこ紙の別名もある。
明治期から昭和期にかけて,多くが「からかさ」の紙として使われた。また,「とうゆ」あるいは「とうよう」というマントの素材にも使われた。さらに,「玉そうめん包み」というそうめん100匁を包む一種のふろしきとして使用されり,障子紙,大福帳の紙として使用された。
このほか,昭和期には温床にはる紙に使用された。今のビニールハウスのビニールに当たる部分である。

しかし戦後まで続いた伊沢紙の生産は途絶え、門出紙として小林氏が伝統を受け継ぎ、研究を重ねている。門出神社ではこの紙でお守りを作っているが、人生の門出の守護札として喜ばれている。

また、2017年(平成29)3月、ブラジルサンパウロ州・イタイアツーバ市で開設を目指す、日本政府による広報文化施設ジャパンハウス(JH)の天井や壁、扉の一部内装材に和紙が採用されるため、技術指導をおこなった。和紙と金属の融合に挑戦するという世界初の試みという。

また長年、 門出和紙は新潟県を代表する日本酒、朝日酒造「久保田」のラベルを漉いて いることでも有名です。
「久保田」が誕生した1985年(昭和60)、当時の朝日酒造の社長平澤亨が越後 門出和紙を訪ねて、新潟の風土・環境という「原点に還る」ことで地元の魅力を発信しようと「久保田」を生み出し、ラベルには新潟産の手すき和紙を使うと決めた。『久保田』の生産が増加するにつれ、門出和紙の出荷も増加し、衰退傾向にあった新潟県の伝統手すき和紙の復興につながった。


門出和紙 高志の生紙工房
〔所在地〕 柏崎市高柳町門出2862 ※GOOGLE 画像
〔問い合わせ先〕 0257-41-2361
〔アクセス〕
〔見学体験〕 可 ※工房見学、紙すき体験は要予約
〔ホームページ〕http://www.kadoidewashi.com/index.html


小林康男 (越後 門出和紙)
〔所在地〕 柏崎市高柳町門出2851
〔問い合わせ先〕 0257-31-9130






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