光明山 Mt. Koumyosan 三条市



信濃川支流の清流五十嵐川源流の下田・川内山群の一座で、標高は879m。山麓笠堀の山の神社に「光明山マデ三十三身道引玉、南無大悲観世音菩薩」と刻まれた嘉永2年の石碑がある。登山道はカモシカの生息地で有名な笠堀渓谷の発電所ダム手前にあり、石塔や石仏が並んでいる。
光明山は凝灰岩と石英粗面岩からなり、良質の砥石を産出して村人の生活を支えた恵みの山である。光明山山頂より東側、雨量観測所の先から砥石に下りた付近に流紋岩帯があり、その流紋岩に珪砂が多く含まれ日本有数の天然砥石として利用されてきた。採掘は200年以上前から行われ、五十嵐砥石、熊倉砥石の名で知られていたという。昭和30年ごろまで産出されていた。登山道はこの砥石の運搬路として切り開かれた歴史がある。光明山はまた、木喰上人が浄土穴で修行を積んだと伝えられる山でもある。

登山口は笠堀ダムサイトの駐車場手前、100mほど戻った所にあり、石塔や石仏が並んでいる。
最初は雑木林の中の緩い登りでよく整備され、歩きやすい登山道で、まもなく大日影沢側の春には沢音が聞こえるトラバースルートとなり、細く険しい道を辿る。この辺りからタムシバヤマツツジイカリソウイワウチワなどの代表的な山の花々を見ることが出来る。ほどなくすべりやすい岩の急登となり、七曲峠に着く。光明山の登山道は砥石搬出道を辿るため、アップダウンが少ないかわりに、斜面のトラバース道が多い。
トラバースルート道を通り、満清水の水場(水量が少なく枯れることもある)を過ぎ、すべりやすい道を進むと浄土穴入口という標識がある。
土砂に埋まってしまった「ガバ井戸」の小さな湿地を過ぎ、ツバキの混生する林を登り切ると、展望がすばらしい万之助の風吹場に出る。ブナの尾根に入り、ほどなく大杉に囲まれた5合目山の神に着く。ここからは楽しい岩稜歩きとなる。展望も良く粟ヶ岳、矢筈岳など五十嵐川源流の山々が望める。ここからトラバースして6合目万之助山(前光明)に達する。この前光明を終点とする人も多い。

前光明から100m下って奥光明に登る。中光明への登りは狭い岩の間を抜けていく。「フイゴの立負」といわれるゴツゴツした岩の尾根道だ。今まで横に背負っていたフイゴを縦に背負い直さなければ通れないことからその名がついた。春中ごろにはシャクナゲの咲く狭い岩道を登り切って中光明に着く。
岩尾根のトラバースや岩稜が続き、ブナ林の道を行くと砥石中継小屋跡の小広場に出る。ここからは灌木の尾根を右に左に巻きながら登ると、ようやく光明山山頂に達する。
山頂は広くはないが、頂標と石祠があり、360度の展望が得られる。下田から川内山塊と続き、守門岳をはじめとする会津県境の山並が美しい。東側に下った所に雨量観測所が設置されている。
下山は同じルートを戻るが、岩山でトラバースが多いので、登りと同じくらい時間がかかる。

岩道ということもあり適当なスリル感が味わえる。稜線は岩山で眺望もよく、春は新緑とタムシバイワウチワシャクナゲなどの花々、秋はリンドウマツムシソウそして紅葉が特に素晴らしい。
日帰り登山に適しており、光明山をのぞき込むようにそびえる守門岳、粟ヶ岳、矢筈岳の展望が目を楽しませる。

平成23年(2011)7月29日の水害により、土砂崩れが発生し、復旧が進まないので危険な箇所があり万之助以降の登山は控えるよう求められている。
クマ出没が見られる山で、クマのテリトリーに入っていくという心構えと注意が必要である。

☯2015(平成27)年11月22日、ひとりで光明山を登っていた神奈川県横浜市に住む会社員(48)が右足を骨折し動けなくなった。県警ヘリコプターで救助された。



笠堀ダム

笠堀ダムは、五十嵐川支川、笠堀川に位置し、洪水調節、発電、かんがい用水などを行う多目的ダムとして昭和39年9月に完成した。県営ダムでは、三面ダムに続いて2番目に古い歴史を誇っている。
構造は重力式コンクリートダムで、面積63ha、標高207m、高さ78.5m、総貯水容量17,200,000㎥。


大谷ダム

大谷ダムは、五十嵐川の三条市大谷に多目的ダムとして建設され、平成5年に完成した。
ロックフィルダムで、面積101ha、高さ75.5m、総貯水容量21,100,000㎥。洪水調節と流水の正常な機能の維持、上水道用水の確保を目的としている。ダム湖はひめさゆり湖と命名され、ダム湖周辺には公園が整備されている。※案内図























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