椎谷の御膳水 Gozen water of Shiiya 柏崎市



明治11年(1878年)9月14日、明治天皇の北陸東海御巡幸の一行は、悪田で安政橋を渡り、荒浜・宮川方面へ向かい、烈風の中を椎谷御小休所で休憩した。
巡幸の一行は隊列と士気を整えるため、差し出された百薬の長「不動尊の岩清水」で英気を鼓舞し、一気に観音坂を越えて石地の内藤久寛宅に入り昼食とされた。
御小休所で献上するお茶の水になった不動尊の岩清水は、その後、『椎谷の御膳水』とも、お茶に利用されたことから、『お茶水の井戸』とも呼ばれるようになった。
観音堂の裏山は天拝山と呼ばれ、その麓に不動尊の森があり、岩盤から清らかな水を滾々と吹き出している。
この清水は「古来不動堂の茶水として水質良好なるを以て知られたるものなり」(明治天皇新潟県御巡幸六十年記念誌)とあるように、古くから名水として親しまれていたことが伺える。
清水の傍らに「明治天皇御膳水」の石碑が建つ。昭和12年(1937)に建てられたこの碑には、史蹟名勝天然記念物保存法に指定されたことが示されている。
地域老人組合が年1回ほど整備しているというが、周辺は少し荒れた様子で、現在も水は湧き出しているが、直には飲めないという。















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