大清水湧水 Oshozu Shimizu 佐渡市
| 佐渡相川はかつては、金山の町として栄えた。戸地集落はその相川の中にある。 大清水湧水は、戸地集落から、戸地川沿いに緑豊かな林道を2.4kmほど登った地点にある砕石場から徒歩で500mほど、鳥のさえずりなどが聞こえ、四季折々の風景が楽しめる場所だ。 元和4年(1618)に佐渡奉行鎮目市左衛門が、金鉱石精錬のために、水の確保が不可欠であったことから、水源調査中に発見したと伝えられている。鎮目市左衛門は善政をしいた名奉行として今でも語り継がれている人物である。 天候に左右されない豊富な水量を有している。水量は渇水時でも1日あたり2300トン以上と豊富で、水質も良好である。 水質が良好なことから周辺集落の簡易水道等に使用され、またわき水は戸地川へも流れ込んで下流の水田を潤し、優良米コシヒカリを育む源ともなっている。 ( 見どころ)🤩大清水湧水そのものの景観湧水点周辺は、苔むした岩場や巨木が並び、青森県の奥入瀬渓流のような清々しい雰囲気が漂っている。道路沿いの岩の間から勢いよく水が湧き出す様子を間近で見ることができ、その透明度の高さと冷たさを肌で感じられる。 (名前の由来)北陸地方から佐渡にかけて、湧き水のことを「清水(しょうず)」と呼ぶ習慣がある。これは「生水(しょうず)」、つまり「生きて湧き出す水」という言葉が転じたものと言われている。周辺にある他の小さな湧水(小清水など)と比較して、圧倒的な水量を誇り、日照りでも決して枯れないことから、敬意を込めて「大きな清水」=「大清水(おおしょうず)」と名付けられた。(言い伝え)佐渡の北西部(外海府エリア)は急峻な地形が多く、大きな河川が少ないため、古来より人々は安定した水源を求めて山中を探索していた。大清水湧水は、戸地川の上流、標高約240mの深い森の中に位置しているが、その圧倒的な水量と「日照りでも決して枯れない」という特異な性質から、集落を形成する際の絶対的な条件として、古くから発見・利用されてきたと考えられている。平地が少なく水源確保が困難だったこの地域で、どの集落も欠かすことのできない「公共の財産」として、有史以前から現代に至るまで平和的に分水・管理されてきた。現在も「戸地・戸中・北狄三集落共同水道組合」という形で管理されており、発見以来、一度も絶えることなく地域の生活を支え続けている。(鎮目奉行とのかかわり)元和4年(1618年)に着任した奉行鎮目市左衛門惟明は、金山開発で急増した人口に対応するため、相川の町に木樋(木製の水道管)を用いた日本最古級の上水道を整備した。奉行は金山経営だけでなく、鉱山都市・相川の生活基盤を整えるために島内の良質な水源を徹底的に調査させた。この際、大清水湧水のような「枯れない名水」が重要な戦略資源として改めて注目・整備させた。鎮目奉行がこの湧水の安定性に目をつけ、周辺集落(戸地・戸中・北狄)の生活基盤として公的に認可・保護したことが、発見の主体として伝わった経緯と考えられる。 |