新発田城 新発田市



新発田城の年表

  • 🌲天正15年(1587)、新発田氏の本城であった新発田城が上杉景勝によって落城占領される。
  • 🌲慶長3年(1598)、越後新国主となった堀秀治の与力大名として加賀大聖寺から溝口秀勝が6万石で入封し、新発田氏の古城を大改修した。
  • 🌲慶長5年(1600)、関ケ原の合戦が行われた際、徳川方についた秀勝は上杉一揆を鎮圧して所領安堵される。
  • 🌲慶長15年(1610)、二代宣勝は弟義勝に1万石を分地(沢海藩)し、本家は所領5万石となる。
  • 🌲承応3年(1654)、三代信直の時、城の一部改修を行う。
  • 🌲寛文8年(1668)、三の丸屋敷から出火、本丸藩庁などと二の丸の大半を焼失し、さらには大地震で石垣や土塁のの一部が崩落した。30年の年月をかけてようやく元禄13年(1700)に改修工事が完成する。本丸の大半は火災に備えて石垣づくりとした。
  • 🌲延宝7年(1679)、本丸西北隅二階櫓を三階櫓として新造。
  • 🌲享保4年(1719)、城下の大火によっり二の丸、三の丸が一部延焼する。30年近い年月をかけ延享3年(1748)城は再建された。
  • 🌲万延元年(1860)、十一代直溥の時、高直しで十万石に加増となる。
  • 🌲慶応4年(1868)、戊辰戦争時、新発田城に新政府軍の本営が置かれた。
  • 🌲明治2年(1869)、廃藩。
  • 🌲明治4年(1871)、城地は新発田県庁となるが、同年新潟県に編入されて廃止。
  • 🌲明治7年(1874)、東京鎮台所轄となり城櫓の殆どは取り壊された。

新発田城の平面配置図




遺構






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