関温泉 Seki Onsen 妙高市
| 関山駅の南西約6km、妙高山東腹の標高900m、大田切川の谷に臨む所にある。背後に前山・神奈山をひかえ、東には高田平野を越えて日本海を遠望する景勝の地で、10数軒のホテル・旅館がたつ。宿の設備は整っており、夏の妙高山や避暑、冬スキーの足場に良い。 開湯の歴史は古く、平安時代初期、弘法大師空海の発見と伝えている。戦国時代には「関山の湯」と呼ばれ上杉謙信を癒したなど数々の逸話を持つ。本格的な開湯は、江戸時代中期の享保12年(1727)。関山大権現の別当宝蔵院の僧一泰が道路を開き、浴舎を設けて人々に入湯を勧めたのが始まりといわれている。江戸時代は関山神社まで引湯していたが、移転を重ねて明治時代に現在の地に移ったといわれている。 鉄分を豊富に含んだ赤い湯は、貧血や美肌に効果的とされ、女性に優しい「婦人の湯」として人気。 季節の山菜料理が名物で、湯治場の風情を残している。1972年(昭和47)7月29日、燕温泉と共に国民保養温泉地に指定された。 🌌姥堂 ※GOOGLE 画像妙高山は仏教世界の最高峰に君臨した「須弥山」の別名である。古くから信仰の対象であった。寿永元年(1182)には木曽義仲が戦勝祈願し、自らの守り本尊である阿弥陀如来像を妙高山山頂の妙高堂に奉納し戦勝祈願した。関温泉の町並みを過ぎると、小さな川の三途の川があり、昔はこの川から奥は、女人禁制の霊地であったと言う。女人禁制という法により木曽義仲に同行していた乳母は渡れず、義仲は泣く泣く姥を関温泉に残していったと伝えられている。姥は義仲の身を案じつつ、川のほとりに没したと伝えられる。 三途の川の近くに姥堂があり、木曽義仲と姥の像が祀られている。お乳の神・子宝の神として参詣者が多い。
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